漢方医学

漢方薬 総論(1)

漢方薬は、植物と、動物と、鉱物を原料にしたもので、大部分は植物である。
今から1400〜1500年くらい前には、鉱物を非常に多く使った時代もあるが、長くは続かなかった。

■修治とは、

これらの動物、植物、鉱物はなるべく天然に近い性状のままで用いるというのが、漢方薬の建前になっているが、
天然のままそのままではいろいろ用いるのに不便なことがあったり、また副作用のあるものがあるので、簡単な修治という作業を行なう。

修治とは、たとえば漢方薬の大事なものに麻黄という薬物があり、漢方医学の古典に、「麻黄節を去る」と書いてある。
麻黄という薬物はエフェドリンの原料で、これにエフェドリンが含まれている。
麻黄は利尿作用と発汗作用があり、喘息にも使われるが、節の所と、節でない所とでは作用が反対になっています。
それで節を除くのだということになる。

それから「附子ホウずる」ということがある。
附子とはトリカブトの根の母根(もとの根)に着いた子で、そのため附子と呼ばれるわけですが、これは毒薬というよりは、むしろ劇薬といった方がいいでしょうが、昔はこの附子を煮た汁を酒に加えて相手にのませて人を殺すというふうに毒殺に使われたり、アイヌが熊を射る時に矢の先につけて熊を殺すという、あの猛毒のアコニチンが含まれているのであります。ところがアコニチンは熱を加えると分解しますので、ホウずるということをやります。ホウずるというのは、和紙を濡らして附子を包んで熱灰の中に長く置いておきますと、附子の中のアコニチンが分解してきますが、その分解を狙ったもので、こうすると附子の中毒作用を防ぐ働きがあります。
 それから甘草は炙るということをします。炙るとはどういうことかと申しますと、甘草を炙りますと粘液質のものが減るわけです。甘草は非常に甘いので、人によっては胃にもたれるけれども、炙って粘液質を減らしますと、あっさりして胃にもたれなくなるということがあります。ところで甘草は喉の痛みなどに非常によく効くのですが、その時には粘液質が必要ですから、炙らないで使います。これはみな傷寒論に出てくるのですが、なかなか合理的なことを今から2000年も前の本に書いてあるわけです。
 蜀椒とは山椒の実ですが、これは汗を出すと書いてあります。汗を出すということは炙って油を出すということで、油を出すということは、新しい山椒の実は刺激が強すぎて副作用がありますので、少し油を減らそうというわけです。こういうようなものがたくさん出てきます。こういうのは本当に簡単な、自然の姿をそんなにひどく歪めたものではないわけです。漢方薬というものはこういうふうにして調製されたものであります。
 こうした漢方薬には種々雑多な成分が含まれております。昔は、有効成分だけ取り出したら、その有効成分がその漢方薬の成分であって、それがその漢方薬の作用を示すように考えられておりましたが、このごろは漢方薬の分析が進んできて、有効成分と思われているもののほかに、いろいろの微量の成分が含まれているということがわかるようになってきました。
 このように、結晶として取り出される有効成分のほかに、微量成分がたくさん含まれているということが漢方薬のひとつの特徴でありまして、そのために作用が非常に温和で、あとで述べるように数種の薬を組み合わせて処方として用いる時に、いろいろの成分が含まれておりますので、相手の薬の次第によって、その薬のある作用は非常に強化されて強くなり、またある作用は抑えつけられて弱くなるというように、相手次第でその薬の働きが違ってきます。場合によっては、その組み合わせ次第ではまるで反対の作用さえ起こるというようなことも出てくるわけです。
 たとえば今申しあげました麻黄ですが、麻黄は桂枝と一緒になると発汗作用がありますが、石膏と一緒になると汗をとめるという反対の作用になってくるというように、非常に面白い現象があります。
 その組み合わせの上手で巧妙なことは、漢方の薬物療法の最古の古典でありまして、また最高の古典でもある『傷寒雑病論』が第一等でありまして、これ以上の組み合わせの巧妙な処方が出てくる書物はありません。この『傷寒雑病論』は、後漢の末に著されたものですから、今から1700年ほど前のことですが、この本はそれより前のいろいろな治療法を集成してつくったものですから、実際はもっと古い経験の上に立っているわけであります。

■解析不明な成分
 私はよくお医者さん方から、「あなたの使っている漢方薬にはどういう成分があるのか、そしてその成分にはどういう薬理作用があるか」ということをよく聞かれるのですが、漢方薬ではまだよくわからないものがたくさんありまして、有効成分では説明のつかないような働きがあるわけです。それは微量成分と有効成分といろいろ総合して出てくる薬効ですから、わかっている有効成分だけで云々するということはちょっと問題があると思います。
 ところで、この有効成分だけを取り出した、たとえば麻黄からエフェドリンだけを取り出して、さらにそのエフェドリンと同じ化学構造のあるものを合成して作ったものをのむ場合と、麻黄そのものを煎じて飲む場合、その両方にエフェドリンが含まれているわけですが、漢方薬を煎じたのんだ場合には見られないような副作用が、合成したエフェドリンには出てくるということが多いのであります。このように考えてきますと、漢方薬に含まれている微量成分というものは、昔は不純物として捨て去られていましたけれども、実は不純物ではなくして、むしろ重要な成分であるということがだんだんわかってきとのであります。
 たとえば根葛は有効成分が澱粉です。そこでひどいことをいう人は、葛根が澱粉ならじゃがいもでもいいだろうという暴論を吐く人もありました。それはそれまではっきりしたことがわかっていなかったからそうでしたが、戦後になって東京大学薬学部生薬学教授の柴田先生たちが、葛根の中からいくつもの微量成分を検出しまして、その中に筋肉の緊張を緩和する作用のある微量成分のあることがわかってきたのであります。そうしますと、そこで初めて葛根湯が肩のこり、筋肉の緊張をとく働きのあることと結びついてくるわけです。澱粉ではどうしても肩のこりをとるという説明はつかなかったのでありますが、この微量成分がわかってむると、なるほど葛根は肩こりに使ったり、腰の痛みに使ったり、筋肉の緊張をやわらげる働きがあるということがやっと証明されたわけでもあります。漢方薬にはまだまだわからないことがいっぱいありますので、どうも成分でものをいう時期にはなっていないのであります。
 漢方薬は産地によって、また採集の時期によって、あるいはその保存状態によって品質に上下が出てきます。そのため規格を定めることが非常にむずかしく、また類似品(にせもの)があります。それからまた本物とまぎらわしいために、にせものが横行しているということがありました、これが漢方薬を使う場合の大事なことになるわけです。たとえばオオツヅラフジの根を漢防已といいまして、これは鎮痛作用もあるし、利尿作用もあるし、心臓病にもよく使う薬ですが、これがアオツヅラフジの幹が漢防已として市場に出まわることがあって、木防已、すなわちアオツヅラフジとオオツヅラフジとでは植物が違いまして、成分が違いますから、作用がうまく出てきません。そういうにせものがあるということであります。それから細辛というウスバサイシンの根が土細辛というカンアオイの根にまぜこまれて売られていることがありますが、これも作用が違ってきます。また滑石というのがありまして、これは尿道のあたりの刺激をなくして尿を円滑に出す作用があります。漢方では、たとえば淋疾のようなものでなくても、小便が淋瀝する病気は全部淋といいまして、尿道炎でも膀胱炎でも、あるいは膀胱結石でも淋になるのですが、滑石はそういう場合の治療に非常に大事な薬物であります。これは鉱物ですが、淋には日本薬局方の滑石は効きません。日本薬局方の滑石はタルクであって、われわれが使うのは唐滑石で、薬が違うわけであります。ですから同じ名前で呼ばれていても、いろいろ問題があるということです。また、柴胡というのは漢方で一番大事な薬物ですが、これなどは産地によって成分が非常に違ってくるというような問題もあります。
 それから漢方薬は、ものによっては非常に虫のつきやすいものやカビの生えやすいものがありまして、したがって保存状態が悪かったり、また長く貯蔵しすぎたものは効力が少なくなるということがあります。これは保存の問題が大事であるということであります。

■漢方薬のよし悪しの見分け方
 ところで、漢方薬のよい悪いはどうして見分けるかということになりますが、漢方薬は刻まないでそのままで見るとよし悪しが非常によくわかるのでありまして、私たちは開業した当時は自分で刻んだものです。自分で刻むとその薬に親しみがわいて、その薬のよし悪しがよくわかったものです。そのようにして慣れてきますと、一目見てにせものが、よい悪いかもだんだんわかってくるわけであります。ところが丸薬にしたり、エキス剤にしたりしますと、どういう材料を用いたかということの区別がむずかしくなってきます。というのは、成分がよくわかっておりませんので、分析してみたところで、分析の結果によって、いい薬を使ってあるとか、悪い薬を使ってあるとかということがはっきりしません。場合によっては入れなくてはいけない薬を入れなくても、それを入れなかったという証明ができないというようなことも出てきます。したがって丸薬やエキス剤は分析してみたところであまり信用はできません。そうなれば、結局製剤を担当している会社を信用するか、あるいは実際に用いて効いたからあれはよかったというようなことによって、会社の薬は信用できるというようなことになるわけであります。
 私たちが日常用いている薬物は250〜300種類くらいのものでありますが、その80%近くが国外、とくに中国からの輸入品であります。ところが今年は日本への輸入がひどく制限されましたために、品物によっては5倍〜10倍の値段になったものもあります。中にはだんだん入手ができなくなったものもあります。そこで問題は、いつまでも国外依存では漢方の行く先が心細いのではないか、日本で自給自足の体制を整える必要があるだろう、北海道から沖縄まで、寒い所から暖かいところまでの気候を利用すれば、漢方薬の栽培は必ずしもできないことはないのではないかという気運がだんだん高まってまいりまして、私もことあるごとにこれを強調しておりますが、今まで日本で栽培が困難だとされておりましてものの、すでに試作に成功したものも若干ありまして、今後の見通しは明るくなってきました。そこで、このような重大な仕事を民間にまかせきりにせずに、政府が積極的にこの指導とか援助に力をかさなければならないのではないかと私は考えております。
 戦争中から戦後にかけて、中国からの漢薬の輸入がほとんどなくなりまして非常に困りました。その当時、日本にあるもので間に合わせようということで、私は民間薬を研究しましたが、また一方で、お百姓さんに頼んで漢方薬を栽培してもらったことがあります。そしてできあがっていよいよ売るという段階になりますと、中国からきたものが安くて、日本のものが高いということになって売れなくなりまして、お百姓さんに非常に迷惑をかけたことがあります。ですから、これは政府の力によって、むこうのものには税金をかけるとか、政府が経済的な援助をしなければ、今後はできないのではないかと思うわけであります。これは今、北里研究所でも北海道で栽培を計画しておりますが、こういう仕事をする人がまだあまりありませんので、今後の重要な問題の一つであります。


漢方薬の基礎知識(2)


■漢方薬と民間薬の違い
 前回に引き続きまして漢方薬の基礎知識ということでお話をいたします。
 漢方薬と民間薬というのがありまして、よく「げんのしょうこを飲んでおります」、「どくだみを飲んでおります」といわれまして、そして患者さんはそれが漢方薬であると思っているようです。中には「便秘をするからセンナを飲んでおります」という患者さんもあります。しかしセンナというのは西洋の生薬で、漢方薬ではありません。ところが漢方薬と日本の民間薬は、材料的に区別することは非常に困難でありまして、漢方薬として私たちが用いているものを、民間薬として素人が用いているものもずいぶんあります。また逆に、民間薬として素人が用いていたものを、私たちが漢方薬として取りあげる場合もあります。したがって、漢方薬も民間薬を母体にしてだんだん発達してきたものでありますから、その使用法によって両者は区別されます。
 たとえて申しますと、自然食の店へゆきますと人参茶というのを売っております。朝鮮人参を材料にした顆粒状のものやエキス剤があり、これは元気が出ますとか、不老長寿の効があるとかと効能をいって売っております。丈夫になりたかったらとうですかなどといって私にもすすめてくれました。それで「私は丈夫だからいいです。どうもありがとう」といって笑って帰ってきたのですが、こうなりますと朝鮮人参はもとは漢方薬であっても、ただ丈夫になりたいというのでお茶として飲むなら、これは民間薬として用いることになるわけです。どくだみは民間薬として非常にすぐれたものであり、これは生のものと乾燥したものとでは働きがまるで違うという、非常に面白い作用を持っておりますが、ここで詳しいことを申し上げる時間はありません。しかし私たちはこれを漢方薬の中に取り入れて、漢方の薬と一緒に処方として用いております。
 漢方ではどくだみを魚腥草という名で呼びます。これに甘草を加えて、漢方で心不全などによく使う木防已湯という処方に加えて狭心症の患者にやりますと、狭心症の発作が起こらなくなったり、非常によくなります。そうして見ますと、どくだみも漢方薬となるということになります。ただ、どくだみをお茶代わりにして飲むというのでは、これはやはり民間薬ということです。したがって民間薬と漢方薬との違いは、漢方薬は漢方流の診断によってほかの薬と組み合わせて処方として用いる、民間薬は素人判断で民間伝承薬として用いる、ということによって区別ができるわけであります。

■漢方薬の性質による分類法
 漢方薬は、その性質によって温、熱、寒、冷(凉)、平の五つに分けております。温は体を温めて新陳代謝を促進する作用のある薬物をいうのであります。たとえば桂枝ですが、これが肉桂ににたもので、南支那から印度支那あたりに生産するものであります。これは味がちょっと辛く、辛温と書いてありまして、こういうものが温薬です。それから五味子、細辛も温薬であります。大体温薬は刺激性がありまして、口に入れるとピリッとする揮発分の含まれているものが多いわけです。それから朮というのはオケラの根ですが、これは苦くて温ということになっております。そうしますと温薬というのは、冷え症であるとか、胃腸の働きが弱いとか、要するに新陳代謝が衰えている場合に、それを奮い起こすという目的で用いるわけではありますが、もちろんこれだけ用いるのではなくて、ほかの薬物と組み合わせて使うわけであります。
 熱薬ということになりますと、さらに温の程度の高いもので、温める程度も強く、新陳代謝を亢進させる力も強い薬物であります。これは附子(トリカブト)が代表的な薬物になっております。これは非常に冷えて、危篤の状態で脈などもやっと触れるような患者を目標に附子を用いることになっております。
 寒と冷は消炎、鎮静というような作用があるものがだいぶぶんでありまして、たとえば石膏があります。石膏細工の石膏は無水ですが、漢方で使う石膏は、天然の含水硫酸カルシウムでありますから、これは熱の非常に高い場合とか、非常に興奮して騒ぐ場合とか、あるいは湿疹などでひどく体が痒いとか、要するにすべて炎症でも興奮でも、こらえられないくらい激しい状態を目標にして使う薬物でありまして、昔から附子と石膏を上手に使えば名医であるといいますが、これは温める方と冷やす方の両極端の薬ですから、それを上手に使えばたしかに名医であると思います。それから地黄という、血をふやし、体にうるおいをつけたりする一種の強壮剤ですが、これもやはり冷薬に入っております。黄連は、非常に苦いもので苦味健胃剤として使われることがよくありますが、これが沈静、消炎の作用があります。
 それから平というのは寒、熱、冷どちらにも片寄らない中立の薬物で、これには甘草、大棗(なつめの実)、茯苓(松を切った根の中に出てくる一種のきのこで、マツホドという)、阿膠(馬、ロバなどの皮からとったニカワ)、葛根、木通(あけび)などは平になっております。これらのものをうまく組み合わせることによって漢方の処方ができるわけであります。

■処方に名前があるのは漢方のみ
 漢方薬の処方は漢方と呼ばれておりますが、ここでは処方という名前で呼ぶことにいたします。西洋の薬は処方に名前はありません。医者が勝手にバラバラに用いておりまして、飲ませる薬を組み合わせて名前をつけるということがありません。ところが漢方の処方は、君、臣、佐、使というように分けて薬を組み合わせるわけです。これは中国の医学というのは非常に政治的な色彩が濃厚で、処方にもこのような名前がついておりまして、そういうような組み合わせによって処方をつくります。
 たとえば葛根湯という処方を例にとってみますと、葛根湯というから葛根だけ入っていると思う方がありますが、そうではなくて、葛根湯では葛根が君薬です。一番分量が多くて大事ないわゆる君薬です。それから麻黄と桂枝が臣薬です。そして生姜、甘草、芍薬の根が佐薬です。それからなつめの実の大棗が使薬となって組み合わせができておりまして、それによって葛根湯の働きがどのようになるか決まってるわけです。このように処方に固有名詞で名前がついているということは、世界中で漢方薬の処方以外にはないのではないかと思います。
 その処方の名前も非常に面白いもので、たとえば葛根湯、桂枝湯、麻黄湯、呉茱萸湯というような名前は、これは処方の中の一番重要な薬物をとって名にしてあります。たとえば葛根湯は葛根が一番大事で君薬、桂枝湯は、桂枝、麻黄湯は麻黄、呉茱萸湯は呉茱萸が一番大事というふうに君薬の名を処方の名前にしたものがあります。また中には処方の中の割合大事なもの2味をとって処方の名にしたものもあります。たとえば当帰芍薬散です。これは婦人病の薬として有名で、当帰芍薬散、桂枝茯苓丸といえば婦人病の薬であるとピンとくるほど大事で、生理不順とか冷え性だとかいう時によく使う薬であります。当帰芍薬散といっても、当帰、川きゅう、芍薬、茯苓、朮、沢瀉、とが入っておりまして、そのうちの当帰と芍薬をとってあります。桂枝茯苓丸は桂枝、茯苓、桃仁、牡丹皮、芍薬とが入っておりますが、桂枝と茯苓をとって名づけております。それから防已黄耆湯というのは、防已と黄耆がこの処方の一番中心になるからこの名前がついています。きゅう帰膠艾湯は止血薬で、非常に面白い薬効のあるもので、これは川きゅうと、当帰と、先ほどの阿膠(にかわ)とよもぎの葉とが入っておりまして、このような名前のものもあります。
 また簡単な組み合わせの処方になりますと、人参湯などは四つ入っておりますが、人参が主でありますので人参湯となっております。二つくらいのものは二つの名前だけあげてありますが、四つくらいの薬になってきても四つ全部の名前があげてあるのもあります。たとえば麻黄と杏仁(あんずの種子)、甘草、石膏で麻杏甘石湯といいまして、喘息とか喘息性気管支炎によく使われる面白い処方のものでもあります。漢方薬の面白いところは、この麻杏甘石湯が喘息や気管支炎の薬ばかりかと思っていますと、これは痔核の痛みにこれをのむと止まるということです。なぜ痔核の痛みに喘息の薬が効くのかといわれても私には説明ができませんが、使えば効くという、こういう問題が漢方薬にはあります。
 甘麦大棗湯とは、甘草と小麦となつめですが、これはヒステリーの大発作に使って非常によく、また舞踏病の患者によく効きまして、これは甘草、小麦、なつめですから薬らしくなく、まるで食べ物のようなものですが、その効果は大変なものです。桂枝甘草湯は桂枝と甘草が入っており、動悸が非常にはげしい時によく使います。芍薬甘草湯は芍薬と甘草で鎮痛薬であり、はげしい胆のう結石の痛みなどで、こらえられないような時に頓服としてのませますと痛みがとれるという、非常に面白い働きのある薬物です。
 そのほかいろいろありますが、中には入っている薬の数、たとえば薬が八つ入っているから八味丸といい、四つ薬が入っているので四物湯、四君子湯というような名前がつき、あるいは六つはいっているので六君子湯という名前がつくというように、構成されている薬物の数をとって名としたものもあります。また面白いものに、処方の名前を見ると、その薬がどのように効くかということがわかるものがあります。これは中国の人たちの知恵であり、たとえば続命湯というのがあります。命を続ける湯とはどういうことかといいますと、脳出血とか脳硬化症で半身不随や言語障害などをおこしているものにこの続命湯を使いますと、そういう症状がだんだん軽くなってきまして、生き延びるというのでこの名前がついています。
 十全大補湯とは、10種類の強壮剤を組み合わせてありまして、病後などで気力、体力ともに衰えた折に用いると体力、気力ともについてきます。
 先に申しました八味丸は腎気丸ともいいまして、昔の腎というのは泌尿、生殖器全部をひっくるめて腎といいます。したがって腎の機能を強化するのが腎気丸、いわゆるこのごろの八味丸です。これは老化を予防する治療薬として有名ですが、このように漢方の方の腎が腎臓だけではなくて、泌尿、生殖器の方までも含めていうので、応用範囲の非常に広い、面白い薬効のある処方であります。
 補中益気湯というのがあります。中とは内臓、とくに消化器を指しております。したがって消化器の働きを補って気を益す、すなわち元気をつけるのです。胃腸の働きを丈夫にして元気をつける補中益気湯というわけです。
 なかには立効散、立ちどころに効く散というので、これは本当に口に入れたらパッと歯の痛みのとまるという実に不思議な働きがあります。立効散のなかには先ほど申しましたウスバサイシンの根が入っておりまして、ウスバサイシンには局所麻酔の作用があるようです。このようなことは書いてはありませんが、私の考えではそのように思います。したがって、飲まなくても、口に入れただけで歯の痛みがとまるわけです。
 こういう面白い名前のついたものがたくさんあり、処方を見ただけで、この薬がどういう場合に使うかということがわかるということはありがたいことでありまして、漢方を勉強する上においていろいろ役立つと思います。今日はこんなところで一応終わりにしたいと思います。